• 10地区の春まつり
  • 祭りの魅力
  • はんだ山車まつり
  • 半田山車祭り保存会とは

祭りの魅力

愛知県半田市は、人口12万人知多半島の中心部にある。江戸時代から醸造業をはじめ多くの産業が盛んで全国各地へ海運を利用して製品を運送した。特に酒や酢は江戸に運ばれ大量消費された。このとき蓄えられた財力により各地区で山車が建造されたと思われる。最も古い資料は、宝暦5年(1755)に描かれた乙川祭礼山車絵図である。現在の乙川地区の山車と同じ4輌の山車が描かれていて、当時の祭礼の様子が偲ばれる。山車は、一般に古くなれば修理、改造、新造を繰り返し、旧車は他へ売却、譲渡などされる。明治、大正、昭和と多様な変遷を経て現在、毎年3月下旬から5月上旬にかけて市内10地区総数31輌の豪華な山車が各地区の氏神を中心に曳かれている。

半田の祭り、山車には2つの大きな特徴がある。一つは半田の祭りが、一部大店の旦那衆や町衆の物ではなく、庶民皆の力が合わさって運営されている点である。山車組や町内のもの皆で楽しむ庶民の祭りとして発展してきた歴史があります。もう一つは幕末の頃からそれまでの山車の形態から素木彫刻が施された彫刻山車へと変化してきたことである。山車に所狭しと施された彫刻の質と量は日本一であると自負しています。

半田では従来「山車」のことを「やま」「おくるま」「おっくるま」「やまぐるま」などと呼称し一般に「だし」と呼称するようになったのは昭和54年に「はんだ山車まつり」が始まってからである。

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