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半田山車祭り保存会とは

半田山車祭り保存会は昭和54年5月4日、初めてのはんだ山車まつり開催の前日、市内の山車が市指定有形民俗文化財に指定されたことを受けて、その補助金等の受け皿の団体として設立され、いわゆる半田市内31組の連合組織として発足いたしました。
初代会長は伊藤佐一氏。事務局長は設立の経緯から半田青年会議所のメンバーから順次選任されました。第二回はんだ山車まつりまでの8年間自主的な活動はせず、半田市から頂ける補助金の配布と各地区各組の意見交換を主に行ってきました。
第二回はんだ山車まつり終了後、過去の反省から保存会の組織を充実し、実質的な活動を行い5年に1度開催する事が決定されたはんだ山車まつりの運営のバックボーンとして、また31組の山車組の本当の意味での連合会を目指して、新たに二代目会長小栗英夫氏のもと再出発が図られました。補助金の申請・配布はもちろんの事、他所の祭り研究や交流を図るための研修旅行、知多衣浦地区の交流会議等を順次立ち上げ実施してきました。
また第三回から六回のはんだ山車まつり実行委員会の立ち上げに努力し、愛知万博の山車百輌揃えの企画にも参画し、二十五輌の山車が参加いたしました。
平成20年に小栗英夫氏が勇退、そのあと継がれ榊原敏雄氏が第三代会長を努められました。平成30年6月に第四代会長として加藤順三氏(下半田南組 護王車所属)の基もと新体制を発足し全国に発信すべき運動を進めています。市内31組の山車組の団結はもちろんの事、知多衣浦の知多の祭り人と、「あいち山車まつり日本一協議会」を通じて愛知県内各地の山車保存会との交流、情報の共有化等を進めています。

会長挨拶

豪壮かつ華麗な半田の祭は、伝統を有する祭禮です。
市内十地域で三十一輌の山車で催される祭です。それぞれの祭りの起源はそれぞれであり古い山車は応仁・文明の頃(15世紀後半)少なくとも300年以上に亘って祭の風格・伝統がしっかりと受け継がれてきたことが明らかです。
山車彫刻は、立川和四郎冨昌、瀬川治助、新美常次郎(彫常)、竹内久一をはじめとする名工の手による精緻な彫刻が満載、幕刺繍も圧巻です。
3月の乙川祭の四輌を皮切りに4月に8地域で二十二輌5月の亀崎潮干祭五輌まで半田は祭一色です。地域の神社へ山車が曳き揃えられ、その豪華絢爛な姿を披露してくれます。また、伝統の衣装を身にまとい、お囃子や山車からくり人形がご奉納され、夜になると山車に提灯を灯し、艶やかに夜の闇を飾ります。半田祭り人の意気が高まる半田の祭。揺るぎない我々の誇りです。是非、半田にお越しください。

会長 加藤順三

kaicho-junzo

保存会役員

会長
加藤 順三

(下半田 南組 護王車)

名誉会長
榊原 敏雄

(西成岩 西組 敬神車)

副会長
杉田 純一

(地区担当)

副会長
石川大介

(会務担当)

事務局長
河合 長政

(成岩 西馬場 神車)

会計幹事
大橋 将太
特別顧問
小栗 英夫

(下半田 南組 護王車)

顧問
竹内 稔幸

(亀崎 中切組 力神車)

顧問
久野 学

(乙川 浅井山 宮本車)

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