砂子組白山車
山車および山車組データ
建造
大正3年(1914)
代表彫刻
- 壇箱:「三国志」(初代彫常)
- 脇障子:「関羽と張飛」(初代彫常)
- 前山蟇股:「恵比寿・大黒」(初代彫常)
- 大平鰭:「高砂」(初代彫常)
- 前山懸魚:「龍」(瀬川治助)
- 蹴込:「浦島太郎」(初代彫常)
- 持送り:「角つなぎに五三の桐」(初代彫常)
幕
- 大幕:金文字刺繍
- 水引:白羅紗地に松と鷹の刺繍
- 追幕:青地に鶴と雲の刺繍
人形
- 前棚人形:三番叟(六代目玉屋庄兵衛)
山車全体写真
彫刻
法被・看板
手拭
補足解説
白山神社の祭礼に曳き出されるのが、協和地区の砂子組白山車と西組協和車の2輌である。半田地区に接する協和地区は、近世に入って成岩地区の出郷(枝村)として発展した地区で、戦前までには「北荒居」(きたらい)と呼ばれていた。成岩本郷からみて北方にあるからであろう。
白山車は宮本車であるが、山車本体は建造年代は不明であるが、彫刻が入って、現在の形が整ったのは大正2年である。
蹴込みの浦島太郎、持送りの角つなぎ、五三の桐、壇箱の三国志演技などの主要彫刻は初代新美常次郎の作であるが、前山懸魚の籠は亀崎石橋組より譲り受けたもので、瀬川治助重光の作。上山高欄の水鳥は最近施したものである。その他は台輪を含めて、欅・紫檀・黒檀等の唐木を用いている。
宮本車であるので、地元の小学生操り、三人遣い三番叟を演ずる。人形の持ち方は文楽人形に似ていて、主遣いが胴串と右手の扇子、左手遣いが胴枠と左手、足遣いが両足を受け持つ。囃子は上半田地区から伝承されたという。
白山神社祭礼の見どころは、急坂を曳き上げて神社の境内へ曳き込む「坂の曳き上げ」である。両組の曳き手が互いに力を貸し合って、一気に坂を上る様子は極めて勇壮である。