中組祝鳩車

山車および山車組データ

建造

大正3年(1914)

代表彫刻

  • 壇箱:「天の岩戸」(初代彫常)
  • 脇障子:「神武東征」(初代彫常)
  • 前山蟇股:「七福神」(初代彫常)
  • 前山懸魚:「昇鳩降鳩」(初代彫常)
  • 持送り:「波に千鳥」(初代彫常)
  • 蹴込:「波に千鳥」(初代彫常)

  • 大幕:緋羅紗地に波涛の刺繍(池上秀畝 下絵)
  • 追幕:緋羅紗地に蘭陵王と火焔太鼓の刺繍(間瀬淋一 下絵)
  • 水引:濃緑地に群鵆の刺繍(池上秀畝 下絵)

人形

  • 前棚人形:「太平楽」(六代目玉屋庄兵衛)
  • 上山人形:「蘭陵王」(七代目玉屋庄兵衛)

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山車全体写真

中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 正面正面
中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 左斜め前左斜め前
中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 左横左横
中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 後ろ後ろ
中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 右横右横
中組祝鳩車(なかぐみ しゅくきゅうしゃ) 右斜め前右斜め前

法被・看板

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手拭

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人形

ギャラリー

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演目

蘭陵王

製作者(人形師)

七代目玉屋庄兵衛

製作年

昭和56年

由緒

中国北斎の武人で余りにも美男子であった為、戦いに出陣する時には敵に侮られないよう、わざと怪奇な面を被って敵を撃破した。この故事に因み舞樂が作られた。この舞樂を舞うと、世の中が平和で国土が豊かになるという伝えから、古くより宮廷や各神社で舞われている有名な舞樂のひとつである。
七代目玉屋庄兵衛晩年の名作で高山龍神車のからくりと匹敵する。

上演ストーリー

蘭陵王の舞

所作・動き解説

唐子が壺を持って前へ進み、壺を台に置いた後、壺が割れて中から蘭陵王が飛び出し乱舞する。からくりは山車から伸びた出樋で演じられる。

からくり機構解説

離れ糸からくり

人形囃子の構成

曲目:祝鳩→矢車→阿久比→車切
(祝鳩→矢車の部分は平成30年より本来の楽曲である雅楽「蘭陵王」の演奏に組み換えて実施)*前山人形奉芸は元来より雅楽演奏
使用楽器:草笛、能管、大太鼓、締太鼓、鳳笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛

補足解説

下半田の氏神である業葉神社より寺社奉行に提出した古文書の写しによれば、元文4年(1739)にすでに三輌の山車が存在していた。
宝暦5年(1755)編纂された尾陽村々祭礼集に「下半田村、八幡宮祭禮八月十五日、警固笠鉾二本、母衣五つ、山車三輌一輌は獅子頭太鼓乗せ、一輌は唐子、一輌は恵比寿祭村中より社前まで引渡し、右社同村七良平支配」とある。
このうち「獅子頭太鼓乗せ」の一輌が神遊会(現中組)の前進と思われる。その後中組の山車は、安政年間(1854-9年)と明治5年(1872)に改造等が行われている。
現在の山車は大正3年(1914)に8月に地元の宮大工石堂喜一らによって総造り替されものである。

山車彫刻は、当時東本願寺の改築工事で全国に名をはせた、半田の生んだ名人初代彫常こと新美常次郎の手により檀箱や脇障子に雄大な「古事記の神話絵巻」が彫刻され、構成美に優れた彫常の最高傑作として誇れるものです。
彫刻材料に黒檀、紫檀、欅等の唐木がふんだんに使用され、台輪、置台輪に使用されている欅、黒檀の材質の良さとその大きさは、他の山車と比べて群を抜いている。

大幕、水引の刺繍の下絵は日本画の名門四鵆条派の流れをくむ池上秀畝の筆により大幕は「波涛」を水引は「群鵆」の刺繍を施し、追幕の刺繍の下絵は地元の日本画家の間瀬淋一の筆により「蘭陵王と火焔太鼓」の刺繍が施されている。

からくり人形は、雅楽演奏により演舞する前棚人形の「太平楽」で大正15年、六代目玉屋庄兵衛の作である。
上山人形の「蘭陵王」は七代目玉屋庄兵衛晩年の名作で昭和57年に作られたものである。

中組祝鳩車の名の由来は、山車の前山懸魚の彫刻「昇鳩降鳩」にちなんでいる。

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